46歳女性が近所の方の優しさの中でお葬式をした記憶

私は、40代半ばの既婚女性です。

今でも続く田舎独特習慣の中で、父親のお葬式をしました。

ここでは誰かが亡くなると、今でも近所の方がサポートしてくれます。

今から3年前の春、私の父は病気のため60代で亡くなりました。

家族みんなが覚悟していたことではありましたが、やはり気が動転してしまい、特に母はかなり落ち込んでしまいました。

母は、信じられないくらいきつい言葉を口にするようになり、何度注意しても止まらない。

私は、何度も何度も母を裏山に連れて行って、言動に注意するようにと伝えたのですが、ダメ。

ほとほと困りました。

しかしながら、お葬式の準備をどんどん進めていかなければなりません。

私たち姉弟も、不慣れだったため、何をどうしたら良いかまるで分らない。

そんなとき、近所の方が私たち家族を労わり、色々助けてくれました。

近所のとある方が、クレイジーになっている母をとがめることもなく、広い心で接しながら、私に優しい声で「お母さんを頼むよ」と言ってくれました。

喪主は弟だったので、全て弟が対応。

色々教えてもらいながら、お葬式を行うことができました。

私の家は、築100年以上経つ古い家で、子供のころはその古さに恥ずかしさを感じていました。

しかし、父はこの古くて大きな家が大好き。

農業一筋で田んぼと家の往復で生きてきた父は、ここが本当の意味でお城だったのでしょう。

だから、亡くなる数日前までこの家で過ごすことができたのは、父にとって幸せなことだったのだと思います。

父を火葬場に連れて行く車と、私たちが乗ったバス。

ぼんやりしながら座っていると、細くて走りにくい山道を走りだしました。

「え?」本当は、ちゃんと広くて走りやすく、火葬場に近い道路があるのですが、バスと車はなぜかこの道を通ったのです。

不思議に思いました。

でも、すぐに理由が分かりました。

細い山道の向こうには、私のオンボロな家がある。

バスと車が私の家の前を通る時、スピードがゆっくりになり、ブーっと長い長いクラクションの音が聞こえてきました。

とたんに、私の目から涙がこぼれてきました。

私に、お母さんを頼むよと言ってくれた近所の方が、家が大好きだった父のために、あえてこの道を通るように手配してくれたのです。

もしかしたら、私は本当の意味でこのときに父の死を理解したのかもしれません。

父がいなくなって寂しい気持ちになるとき、周囲の方の思いやりを同時に思い出します。