34歳女 初めてのお葬式、もう会えないことを知った

30代主婦です。

ずいぶん昔のことになってしまいますが、曽祖父のお葬式がとても印象的で、忘れられません。

曽祖父は、戦後病気を繰り返しつつも90代まで健在だった人で、大人になってから聞く彼のエピソードは「とても気難しく厳格な人だった」という内容がほとんどですが、当時私や兄弟たち曽孫に対してはとても優しく、いつも目尻を下げて優しく話してくれていた記憶があります。

そんな曽祖父は最期には肺炎で亡くなりました。

当時小学校中学年だった私は、亡くなる2日前、曽祖父の入院していた病室にお見舞いに行き、声をかけたのが最後です。

曽祖父はすでに意識がなく、子供心に「もう会えなくなるのかもしれない」と思いました。

けれど病室に集まる親戚たちの重い表情に、それを言葉に出すことはできませんでした。

曽祖父のお葬式は、私が生まれて初めて参列したお葬式となりました。

皆が黒い服を着て集まり、粛々と進むその儀式は日常とは遠く、なんだか異様な雰囲気だなと感じたことを覚えています。

お坊さんのお経を聞くのも初めてで、眠いなあと思ったり、独特の抑揚が面白く思えてしまい、従兄弟たちと笑いそうになるのを必死にこらえました。

曽祖父が亡くなったという現実味はなく、ただ退屈な時間でした。

ですが、棺桶にお花を供える時になって、母に「ほら、お花入れて、ひいおじいちゃんにお別れして」と言われた時、急に悲しさが押し寄せてきました。

ひいおじいちゃん、目を瞑って寝てる。

起きないの?もう話せないの?燃やされちゃうの?どうして?どうして?
曽祖父の顔を見たことでそんな気持ちがいっぺんに溢れてきて、涙がこぼれました。

生意気盛りの年頃だった私は両親や親戚の前で泣くことが恥ずかしく、声を押し殺してなんとかこらえようとしましたが、とても涙を止めることはできませんでした。

この先大人になったら、ひいおじいちゃん以外ともこんな風に悲しいお別れをしなくてはいけないの?と、人の死、家族を見送ることについて初めて考えました。

眩しいくらいに晴れた、真夏の日でした。